2025年4月6日にnoteで公開した記事のリバイバル。
私のnoteアンチっぷりはこの記事の考えから始まってると思う。
最近noteを見て思う。
こんなつまんなかったっけ?
何か言ってる風で何も言ってない空虚な記事が目立つように感じる。
自己啓発っぽい記事とか。
普通の何気ない日記の方がよっぽど面白い。
おそらく私自身が哲学っぽい思考深掘り記事を書いているからこそ気になってしまうのだろう。
その背景には、note公式の圧倒的な成果主義がある。
バズった!書籍化!有料記事で◯万稼ぎました!
これを公式自身が押し出しているんだから、そういう空気になるのは必然というか。
いい文章を書いたからバズって書籍化ではなく、バズって書籍化するためにいい文章を書こうとしているのが現状である。似ているが全く違う。
その結果、インプレゾンビみたいな記事が大量発生して本当に面白い記事が埋もれてしまっているのだろう。
インプレゾンビ記事には共通点がある。
- 浅ーい啓発
- 冒頭に著者の自己紹介と挨拶
- 文体自体は整っている。AIがやったかのごとく
- いい話っぽい導入
- みんなも◯◯していこう みたいな締め
そう、インプレゾンビ記事は文体や構成自体は綺麗に整っているのだ。
中身が無いだけで。
今はナチュラルっぽい美しさがウケる時代だ。
すっぴん風メイク、ポップスのオートチューン(加工した声)。
私も好きなものである。
これらがどうとか言いたいわけではない。
ただ、みんながみんなこの美しさを目指しすぎて、どれもこれも似たり寄ったりになっている気がする。
イラスト業界だってそうだ。流行ってるのは似たような絵ばかりだなと思ってしまう。
美しく整えるために個性を漂白して、わずかに残ったもので勝負してるようにしか見えない。
だから全部同じように感じる。つまらん。
美しさを目指す事は決して悪い事ではないが、美しさの形が一元化されてるのが問題なんだと思う。
正解は一つじゃない。
唐揚げはおいしい。
が、みんながみんな「唐揚げこそがみんなにウケる食べ物なんだー!」と唐揚げ専門店ばかり始めたら「それは違うやろ」となるはずだ。
それが平気で起きているのである。
どんなに個性的な唐揚げでも、唐揚げは唐揚げだ。
おいしいハンバーグ、寿司、ラーメン、カレーなどがあろうが「でもそれ唐揚げじゃないじゃん」という理由だけで埋もれてるわけである。
消費者側も「唐揚げばかりで飽きるな…他の物食べたいのに唐揚げばかりで見つけられんわ」となっているわけだ。
唐揚げ好きだけど他の料理だって好きだ。
他の料理だって埋もれないでちゃんと評価されてほしい。
そう思った。切実に。
こうして考えると、食の世界は多様化が実現してるんだなぁと思う。
だからこそ日本は世界でも有数のうまいもの大国になっているのかなと…。
それはまた別の機会に書くか。