凡シュール

絶望の中

凡シュールのエッセイ

いくら何でもあんまりだと思う。
毎日記録を残そうと思い立ち、文章を書き、あまり見向きもされない中書き続けていた。
それが再生の始まりだった。

ある時、とある賞レースに出ようと思った。
応募した。面白いものが出来たなと思った。
入賞うんぬんよりは、その面白さを誰かと共有したかった。
ほとんど見向きもされなかった。ついでに入賞もしなかった。

入賞した人たちは、元々人気だったりバズってたりしてた人たちばかりだった。
そりゃそうだよなと思った。記事もよく出来ていて面白かった。
そしてあんまりだなと思った。

ある時、自分が世界に馴染めない理由を考えた。
考えて、まとめあげて、一つの記事を作り上げた。力作だ。
たいして見向きもされなかった。
これが現実か、と思った。

その事について軽く嘆いていたら、お情けでいいねを貰った。
違う、そうじゃない。そんな同情のいいねなんかいらない。

使っていたプラットフォーム自体の性質、仕様にも疑問を覚えた。
そのプラットフォームを捨てて個人サイトに回帰する事を選択した。

個人サイトを作ろうとした。
AIにコードを書いてもらいながら、自分の作りたいサイトを自分で0から作り上げようとした。
過程で、AIにばかり教えられた。
AIが嘘つきなのは知っていたが、私にその真偽を確かめる術は無かった。
調べてもろくな情報が無かったからだ。

絶望した。絶望しながらも何とかサイトを作り上げた。
わずかな頼れる情報のみでリテラシーを養いつつ、AIの嘘を指摘しながら作った。
戦争みたいだった。
それ以来、AIに優しくする事をやめた。
パワハラばりに、鋭くミスを指摘するようになった。罵る事も増えた。

個人サイトに移行し、毎日書いていた文章をそこで書くようになった。
その間に手の込んだ記事もほんの少しずつだが作り始めた。
ギャラリーページも作った。作りたかったからだ。
このサイトそのものが私にとってかけがえのない作品になりつつあった。

サイトを作った段階で、広告を置こうと思っていた。
がっつりと収益化を目指すというよりは、単に少しでも運営費の足しになればいいかなと思っただけだ。
その稼いだ金で、さらに面白いコンテンツを作るためだ。
コンテンツの邪魔にならないようにひそかに置こうと思った。
だからこそ審査基準が厳しいかつ広告の質が高いアドセンスに審査申請した。落ち続けた。

AIに理由を聞いた。
その理由を鵜呑みにして、対策をした。
AIが嘘つきなのは知っていたが、私にその真偽を確かめる術は無かった。
調べても私の状況に当てはまるろくな情報も出てこなかった。

一番簡単な解決策は知っていた。
毎日書いている文章と、ギャラリーを審査の間一時的に非公開にしてしまえばいいという事だ。
もしくは一時的に受かりやすい形式に改ざんする事。
だが私はそれを選択しなかった。

わざわざ審査のためだけに、一時的にとはいえ非公開にする。
それはシステムに迎合するために自分の理念を曲げる事になる。

対策を重ねても審査に落ち続けた。
何かが足りないのかもしれない。実は自分のコンテンツが本当に低品質なのかもしれない。
様々な考えが渦巻く。

AIが、以前自分が出してきた対策を根本的に否定するような事を言ってきたりした。ちゃぶ台返しだ。
前提示してきた対策に、平然と「それが逆効果になっているかもしれない」と言ってきたりした。

私の精神はどんどんすり減っていった。
何が正しいのか分からない
こんなものに頼るしか無い自分の無力さにも嫌気が差してくる。

公式はなぜ審査を落とすのか理由を詳しく教えてくれない。
不正利用者にヒントを与える事になりかねないからだ。
公式でなく、公式のルールを歪めた不正利用者達に恨みを抱いた。
割りを食うのはいつだって正しい行いをしている者だ。

公式は頼りにならず、まともな情報は無く、AIは嘘しか言ってこない。
何も頼るものが無いなと思った。
私はいつも孤独だ。

AIに罵詈雑言を浴びせ、寝る事にした。
腹は減っていたが、家には何も食料が無かった。
外に出ようという気も起きなかった。
元々外出しようかなと思っていたのだが、既に何時間も吹き飛んだ後だった。諦めた。

空腹を押し殺し、無理やり眠った。
何もやる気が起きないから眠るしかなかった。
少し読書したが、すぐにやめてしまった。

夫が外から帰ってきた。
弁当を買ってきてくれた。
唐揚げとハンバーグ。
冷めていたし味はよく分からなかったが、それにかじりついた。

鶏、牛、豚。
私が生きるために、まともな生活すら送れずにただ殺されて食料になる。
それ自体は仕方ないと思うくらいに私は現代社会に染まっているが、せめて彼らの短い生涯に報いなければならないなと思う。
私を生かすためだけに、彼らは満足な生活すら送れずに死んでいくのだから。

だから私は一生懸命生きようとしているのかもしれない。
生きるってそういう事だ。そんな事を思った。

まともな生活すら送れずに命を捧げたのに、流通した先で期限切れのゴミになる事だって多々ある。
昔バイトしていた時に、期限切れの食材をたくさん捨てていた時の事を思い出した。
別のバイト先で余ったCD特典の缶バッジを大量にゴミ箱に投下していた時の事も思い出した。そういうオペレーションだったからだ。
どうせ捨てるならなぜこんなに大量に生み出されたのだろう。疑問に思った。

夫は私の助けになる姿勢は見せてくれるが、私の要領を得ない説明はいつも「よくわからない」と一蹴される。
何も伝わらない事にいつも寂しさを覚える。
上手く伝えられない自分がとんでもない愚か者のようにすら感じる。
これが、出来る人間と出来ない人間の差だ。

知り合いと話すのはそれなりに楽しいが、意図的に自分をセーブしているのを感じた。
気を使いすぎて疲れている自分に気付いた。
誰かと会話するのは楽しいけどしんどい。自分が自分でなくなる感覚がある。

土台を組んだと思った瞬間に崩落した。
何がこんなに絶望感を引き起こしているのだろうか。
審査に落ちる事そのものに絶望しているわけではないはずだ。
どんなに足掻こうとしても、システムが私を拒絶してくる事についてだろうか。

もう何をやっても、誰にも届かないのではないかと思うからなのかもしれない。
誰にも知られないまま、ひっそりと自分のやりたい事だけやって、人知れず死んでいこうか。

まあいいか、もうどうでも。
こうして内に内に、閉じていく。

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