凡シュール

日常が尊いと知っているからこそ日常を謳歌するのだ

凡シュールのエッセイ

2021年2月15日にnoteで公開した記事のリバイバル。
現在移行作業中のため一時的に読みづらくなっていますが後日修正予定です。ご了承下さい。

そういえばこんな事もあったなぁと思う。

地震もそうだしコロナ禍なのも相まって、日常が当たり前じゃないことを思い知った感じ。

昨日の地震。

我が家は震度3の地域だったので「ちょっとでかかったね〜」くらいで済んだし停電もなかったのだが、Twitterの騒ぎっぷりと、いつも聴くオードリーのANNがなかなか始まらずずっと地震情報をやっていて、ようやく事の重大さに気付いた。

TwitterのTLを見ると被災した人の情報、「無事です〜」の安否報告、「○○しておくと役に立つよ」みたいなおばあちゃんの知恵袋的なアドバイス、停電情報のRT、「被災した方が無事でありますように」と祈る人、様々だった。

TLをぼーっと眺めながら、自分でもなぜだかハッキリとは言えないが、「あ、無理だ。自分はTwitterはしばらく見ちゃだめだ」と思った。

もちろんTLにあがってくる地震の話題は、どれも役に立つ情報だ。必要な人には必要なものだ。

だが、見ていると恐怖感なのか疲労感なのかよく分からない感情が湧き上がってくるのだ。

情報の大洪水。

思えば、東日本大震災の直後もこんな感じだった。

というか世間全体が自粛ムード漂っていて、日常の浮かれたツイートなど到底出来ない雰囲気だった。

逆に「日常の何気ない話をしてくれてる方が不安感が解消されていい」と思っていた人も多いのではなかろうか。

地震情報のニュースが20分ほどあり、オードリーのANNが始まった。

冒頭は少しだけ地震の話もあったが、基本的にいつもどおりだった。

いつもどおり最高にバカバカしくて面白かった。

「いつもどおりっていいな」と思った。

ラジオの実況TLを見ていると「不安な気持ちがラジオのおかげで少し解消されて良かった」と書いている人もちょいちょいいた。

ちなみにオードリーは東日本大震災直後のラジオで、漫才を披露したそうだ。

東日本大震災発生から5年 あのとき、芸人たちは何を語ったか(てれびのスキマ) – Yahoo!ニュース東日本大震災のあと、いち早く芸人たちの思いや笑いを届けたのはラジオだった。震災発生から5年が経ったいま、改めてあのとき、芸news.yahoo.co.jp

被災者への応援メッセージや「頑張ろう!」みたいなのではなく、漫才。

そしていつもの笑える話。

いつもどおりじゃない状況で”いつもどおり”が出来るのって実はとても凄いことなんじゃないかと思う。

私も自分が元気でいる限りは、出来るだけいつもどおりでいようと思った。

今日はいつもどおり色々作業して、バカバカしい事ばっか発信して、久々に早朝の散歩をした。

こんな時だからこそ、朝焼けが眺めたくなったのだ。

どんな日でも、太陽は必ず昇る。その事実を改めてこの目で確かめたかったのかもしれない。

せっかく河川敷まで出てきたものの、あいにく今日は曇り空だった。

それでも夜から朝への移り変わりを感じる事は出来た。

早朝の河川敷は1月の上旬に来て以来だったが、あの頃は0℃とかでめちゃくちゃ寒かったのが、今日は7℃とかあってあの頃より暖かくなっていた。

まあ寒かったが。

日の出の時間も少し早くなっていた。

春は近くまで来ている。

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