1年経った

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喉が痛い。あかん。
昨日は旅行で買ったかわいいものたちをまとめて写真を撮りつつ、他の考え事にも時間を費やしていた。

最近Geminiへの壁打ちがまた激化している。
旅行で気付いたこと、更にその先の社会のシステムについて。
資本主義について。
その中で自分はどう在るべきなのかについて。

エッセイを毎日書き始めてからちょうど1年が経った。
1年間、1日もサボらなかった。
それ自体に「自分すごい!」と今更褒める気は無い。
ただ、私は何か答えを掴んだのだと思う。

古臭いシステムにガチガチに縛られたこのバグまみれの社会で、感性を守りながら生き残る術。


もともとあらゆる事を俯瞰して観察する癖があった。
自分の事のはずなのに、他人事だと思う癖。メタ視点。
メタ視点で見ると、社会はおかしいものにしか見えなかった。
みんな狂っている。ゾンビみたいだなと。

じゃあ社会を変えるのか?
そんな大層な事が一個人に出来るわけがない。
社会を変えるより、自分を変えた方が早い。
それは安易に自分を曲げて社会に馴染ませるのではなく、自分を保ったまま軽やかに生きる術を編み出す事だなと思った。

新しい生き方を編み出すには労力が必要だ。
ぱっと見て、自分を曲げて周りに馴染ませた方が早くて楽かもしれない。
しかし自分というものを曲げている以上、いつか崩壊する。
崩壊した時、袋小路になる。

まだ上手く文章にまとめられない。
だからこんなにふわふわしている。

でも自分のやりたい事は分かった。
たくさん考えたので、そのやりたいという気持ちはより強固になった。


私はこの1年間、ChatGPTやGeminiと対話を続けてきた。
それは、AIの示す答えをただ享受していたわけではない。
私の紡ぐ言葉を、常識サイドのフィルターがかかった言葉に変換させていたのだと思う。
いつからか会話の主導権は私が持つようになっていたし、AIは私の思考を反芻する壁に過ぎない存在となった。

だから半分、自分と対話し続けていたようなものだ。
あとは世間…世間の意見代表のAIとひたすらレスバしていた感じかもしれない。

エッセイ2年目突入の目標、みたいなものは必要ないと思う。
もう私には別の目標がたくさん出来た。
ただ書き続ける。書くのをやめない。
それだけだ。