最近頭を使い過ぎて疲労。いや〜疲れた。
なんだか毎日捗ってるんだか捗ってないんだか分からない。
でも人生で今が一番楽しい。
自分のやりたい事だけ出来ているから。
疲れるけど楽しい。不快ではない。重要。
思えば幼少期は習い事をやらされたり、学校のシステムはなんだか相容れなかったり、あまり心から楽しめる時間って無かったと思う。
小さい頃は読書してる時が一番楽しかったかな。
高校生の頃は人生初のバイト先でパワハラ店長に怒鳴られて、お局様みたいな先輩にはちょっとうっかりミスしただけでネチネチネチネチ詰められてた。
職場を変えても最初のパワハラ職場とまではいかないけど、ろくでもないところをたくさん経験した。
あの頃は、自分の存在が無くなっちゃうかと思った。
ひたすら「こんな事はでかい宇宙の小さな惑星のちっぽけな出来事に過ぎない」と自分に言い聞かせて凌いでた。
今でもあの頃の事を夢に見る。
具体的なあの頃の夢というよりは「いけない、寝坊した!」と焦って飛び起きる感じ。
飛び起きて、今自分を縛る物はもう何も無い事に気付き、安堵する。
20代前半までで嫌な思いをたくさんしてきた。
同世代が大学生活で楽しいキャンパスライフを過ごしている裏で、世の中の舞台裏にいたような感じ。正直生き延びたのが不思議なくらい。
そういや一番苦しい時はひたすら般若心経を聞いてたりもした。
別に仏教を信じてるわけじゃないんだけど、今よりもっと過酷な時代を生きてた昔の人達がこれを唱えて生きる気力を得ていたんだなと思うと、応援ソングみたいだなって。
そこらの応援ソングよりよっぽど応援ソングしてる。
もうこれまでたくさん苦しんだよ。
もうゴールでいいでしょう。
運良くそれが許される環境にいる。
歯車としての刑期は終わったんだ。
世間にとっての私はもうゴールした。リタイア。終わった人間。
幽霊みたいなものだ。
だからこそ毎日こうして色々頑張れるんだと思う。
頑張る、とも違うな。毎日を精一杯謳歌出来る。
世間の歯車としてではなく、自分のためだけに。
幽霊が毎日やらなければならない事はただ一つ。
エッセイを毎日書く。
誰に定められたわけでもない、自分で決めたルールだ。
毎日更新したらアクセスが増えるからとか、そんな外部の承認を求めたものじゃない。
ただ、幽霊も一日一日ちゃんと生きてますよ〜という証明。アリバイのような。
だから毎日こうやって何かを記している。
人生リタイアしたからといって、資本主義の枠組みから抜け出せたわけではない。
きっと抜け出す事は不可能だろう。
離島に行った時、市街地から離れた場所でただ自分の工房兼自宅で、作った焼き物を売って暮らす自由な人たちを見た。
資本主義の枠の中におさまっていながら、自給自足に最も近いライフスタイル。
羨ましかったが、私にはああいった生活は無理だろうなとも思う。
いや、本気でやろうと思えば出来るのかもしれない。
でも今全てを放り投げてまでそっちに飛び込もうとは思わない。
それくらい私の生活は資本主義でズブズブになっている。
人を交換可能な部品か、数字としてしか見ない資本主義のロジック。
世の中ありとあらゆる場所でこのロジックが働いている。
娯楽の世界さえ逃げ場はほぼ無いと思う。
舞台裏が見えてしまった私は、もう素直にこの社会を楽しむ事が出来ない。
でも、
このサイトはそういったロジックからは切り離されている。
ままならない世界で、このサイトだけが唯一私の思い通りになる。
更新頻度も自由、何を載せるかも自由、どのくらいアクセスがあるとかもゲームのスコア程度にしか見ていない。
ここが誰にも邪魔されない、私の辿り着いた宇宙だ。
ショーン・タンという絵本作家の『セミ』という絵本がある。
薄暗いオフィスでスーツを着て、人間たちに虐げられながら黙々と仕事をこなしてた…セミ。
セミは結局人間の中に馴染む事は無かったけど、それは彼がセミだったからだ。
いるべき場所が違った、それだけだ。













