創作は呪いだ

凡シュールのエッセイ

2020年12月29日にnoteで公開した記事を移行したものです。


世界を見渡すと、才能に溢れた人があちこちにいる。
特にインターネットのおかげで、本来なら絶対に縁の無いような人間とも関わり合うようになった。
その結果、思いがけぬあらゆる才能が目に飛び込んでくるようになった。

私は今より若いうちは才能・努力といったものとは無縁に過ごしてきた。
ただの凡人だ。何者にもなれていない迷子だ。
もう若いとは言えない年齢に片足突っ込んでいるわけで、当然私より若い人間がそれぞれの才能を発揮するのを毎日のように目にする。

インターネットとは素晴らしくも恐ろしいものだ。

「こんな素敵な絵が描けたらいいのにな」
「こんな素晴らしい音楽が作れるようになりたい」
「こんなふうに心に響く文章が書きたい」
羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい…。

そんな羨望が何の意味もない事など分かっている。
他人がどうこうではない。創作は自分との戦いなのだ。
その他人だって、数々の努力を積み重ねた上での技術なのだ。
そんな事は嫌というほど知ってるさ。


努力
こんな言葉はクソ喰らえだ。
自分で「頑張ってます、努力してます」なんて言ってる奴は、大抵甘ったれのクソガキだ。

自分を追い込め。技術を磨け。とにかく続けろ。話はそれからだ。
思考を掴め。形にしろ。それが創作だ。
見えない声が脳内で声高に叫ぶ。

だから私は今日もペンを握りしめて絵を描く。
noteで他愛もない言葉を紡ぐ。

報われるのかは分からないけれど。
逃げてしまった方が楽なのかもしれないけれど。
後悔したくない。
自分から逃げるのは実質的な死を意味するから。
死にたくない。それだけなんだ。

辛くもあり、それひっくるめて楽しくもある。
やめられない。まるで呪いだ。

そんなものに出会えている私はきっと幸せなのだろう。

追記(2025年6月22日)

この頃から自分は明確に創作者の端くれだなと意識するようになったなと思う。
とはいえ、この頃は自分の作品のようなものを作り出す力もなく、クリエイターと名乗るのもおこがましいと思っていた。

今は「売れないクリエイター」を名乗ってもいいかな、くらいには思っている。