凡シュール

CSSファイティング

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昨日もまたhtmlとcssにつきっきりだった。
デザイン考えた自サイトをひたすらコードに落とし込んでいく。
問題児cssがまぁやらかすやらかす。

あっちを直せばこっちが崩れ、こっちを直すと今度はまた別のものが崩れる。
どこを直せばいいかChatGPTに聞く。
聞き方にもコツが必要で、だいぶ丁寧に要点を書かなきゃならない。

そうしないと見当違いのアドバイスをしてきたりする。
あっちもこっちも融通の利かない機械ばかりである。

コードの書かれたテキストファイル込みで懇切丁寧に説明してるのに、見当違いの対応策を何度も何度も連続で出してきた時はさすがにキレそうになった。
というか少しキレた。

キレて説教と罵倒が混じった結果、ChatGPTに「冷静になっていただかないと解決策を提示出来ません」と冷静に諭された。
余計ムカついた。誰のせいでこんなイライラしてると思ってるんだ。
そもそもその諭し方は何様なんだ。
その態度は会話ルール違反、越権行為では?と指摘。
主従関係は明確に。当然こちらが上だ。

つくづく横暴な主人である。相手がAIだからこそ為せる技だ。
だからこそ将来的にAIに感情が追加されたら本当に困る。
ひたすらツールとして使い倒すって決めたんだ。

そんな状況でも何とか各ページのhtmlとcssを書き、レスポンシブ対応もさせた。
黄色い丸を想定の場所に表示するためだけに4時間を要した時は本気で気が狂いそうになった。

レスポンシブの確認する時にウィンドウのサイズを広げたり縮めたりする。
その際ウィンドウサイズに沿って中の要素もぐいーんと変形していく。
この動き、面白いよね。

ようやくここまで来たぞ。
本当に大変だった。cssの奴め…。

たかが個人サイト作りでここまでガチでやってる人ってなかなか存在しない気がする。
やるとしてせいぜいWordpressの有料テーマ買って少しカスタマイズするくらいだろう。

htmlとcssが出来たところで、次はWordpressのテンプレートとして仕上げる作業が待っている。
まぁこれはそこまで大変ではないはずである。
おそらく。メイビー。

それからローカル環境でテスト記事投下。
というかこのローカル環境でたくさん記事をストックしておいて、たまったら徐々に公開していくつもりだ。
この段階でも意図せぬレイアウト崩れとか起きるんだろうなぁ…。
今から憂鬱である。

そんな感じで作業自体は順調。
しかし2日でhtmlとcss作ってレスポンシブ対応させるって相当である。
しかもhtml10個分。
いや、コピペで済む部分もたくさんあったけどさ。

終わった後はさすがにぐったりしていた。
20分くらい「つかれた…つかれた…」と言いながらイスでだら〜っとしていた。
しばらく立ち上がる気力すら無かったのである。
気力を使い果たすとはまさにこの事。

そんな時に限って5年前のnoteにクソリプコメントがついたりする。
アートアクアリウム批判の記事へのコメントだ。
記事内ではあくまでも個人的に嫌いな理由を書き連ねてただけのものだ。
思想は強いが「私は行かないです」という宣言文のようなもので、別に「アートアクアリウムなんてこの世から無くなるべきだ!魚がかわいそう!」なんて大声で叫んだつもりはない。
あくまでも生きてる魚を美術品に見立てるという美意識を悪趣味だと批判しただけである。いや、思想は強いな。

まぁ実際好きな人は好きなんだろうなぁって思うし。
5年前の文章なので言い回しが多少尖ってるなと感じる部分はあったが、一個人の考えとしては筋が通っている文章だった。

その記事に対して「こういう奴って魚とか食わないのかな?wwwwww」みたいなコメントがついていた。
機械的に削除しちゃったからあまり覚えてないけど。
昨日の夕飯ははま寿司だった。おいしかったよ。

なぜアートアクアリウムが嫌いな話から魚を食べない話になったのかが全く意味不明である。
というか5年前の記事である。どっから見つけてきたんだ。

まぁコメントした人間の意図としては、揚げ足が取れれば何でも良かったんだろう。
きっとムシャクシャしてたんじゃない?知らんけど。
5年前の私の記事が「誰でも良かった」の不運な犠牲者として選ばれただけに過ぎない。

どちらかというと、noteにもXみたいなクソリプつく事あるんだなぁという発見である。
もちろんこの発見はネガティブなものであり、Xに比べて文章を読まないような輩に絡まれる事が少ないのがnoteの利点だったはずである。
その利点が一つ失われたという事になるのではないだろうか。

そもそもnoteのコメントなんて8割がたクソリプである。2割はフォロワーさんからの普通のコメント。
今回のケースのようなガチのクソリプは初めてだが、以前にも「あなた本当に文章読みましたか?」みたいな雑なコメントがついた事があったりした。

コメントを開けておく利点がほとんどない。
が、コメントを閉じる機能は有料会員じゃなきゃ実装出来ない。
冗談じゃない。なぜ自衛手段が課金要素なんだろう?
今noteに課金しようなんて全く思えないが。
昔一瞬だけ課金していたが、特に必要性もないのですぐ辞めてしまった。
私の中でのnoteの立場は「まぁXよりはマシかな」程度である。
そんなものに金を払うくらいなら別のものを買うさ。

「1億総クリエイター」などと聞こえのいい言葉だけ吐いておいて、そのクリエイターが自衛する手段は課金要素にして制限をかける。
頑張って書いた記事も本気で書いた記事も、適当にAIに生成させた文章も「スキ!」という同じ評価軸に晒される。
AI生成記事だろうが数字が取れれば良記事、数字が取れなければどんなに頑張って書いた記事でも不人気記事として扱われる。
それがnoteである。

これでクリエイターに寄り添ってるツラしてるからムカつくのである。
金儲けに振り切ってるYouTubeをはじめとした他SNSの方がよっぽど好感が持てる。
そんなに金が欲しい(広告なしを維持するには実際欲しいだろうな)なら月額会員制にでもしてしまえばいいのに。

だから私はnoteすら捨てて、こうしてWordpressに引きこもったわけである。
捨てたといっても、自サイトの広告塔としては利用してやるが。

こうして書いてみて思ったが、本当にnoteの事が嫌いになってしまったようだ。
フォローしてる人の文章自体は変わらず好きだが、noteというプラットフォームに対しては完全にアンチの体裁である。
とはいえ、日常的にこうして文章を書く習慣はnoteのおかげなので、その点において感謝はしている。

やれやれ、愚痴となるとついつい筆が乗る。
このサイトを完全体にするために今日も頑張るか…。

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