最寄りのスーパーを変えて3日。
昨日は朝早く起きれたので、そのまま朝の空気を吸い込み散歩がてらスーパーへ歩く。
やはり利便性が劣ってもこちらの方がマシだ。
スマホを見ながら駅に向かう大量の人たちと逆の道へ行く。
表情なく道行く人たちが、なんだか兵士のように見えた。
大通り(といっても狭いが)は人が多いが、住宅街に入ると一気に田舎のような風景になる。
小さな畑もある。空もまだ見える方だ。
今日は曇り。
買い物を済ませ、帰路。
やはり歩きながらだと考え事が捗る。散歩はいい。
が、区役所の前を通ると…
「交通安全運動やってます!」
赤いジャケットを着たおばちゃん達。
そんなおばちゃん達が10〜15人ほど道のそれぞれのポジションに配置され、ティッシュを配っていた。
は?
思考がジャックされる。
目の前を通る私に差し出される、運動促進のティッシュ。
もちろん受け取らなかった。
なんでわざわざ駅前の喧騒を避けて遠いスーパーに足を運んでるのに、駅前の喧騒の象徴みたいなティッシュ配りをされなきゃならないんだ?
しかもこの道はそこまで広いわけでもない。
自転車も頻繁に歩道を通る。
そんな場所でティッシュ配りなんてしてたら逆に危ないだろうが。
こいつらバカなのか?
というか、いち善良な市民がのんびり考え事をしながら歩くという当たり前な行為を妨害されてるんだが。
考え事しながら歩く…
そんな当たり前の事すら保証されてないのかこの街は?
私にとって考え事とは、エッセイをどう書くかだったり、今日の料理をどうするかだったり、創作をどう進めるかだったり…私の生きる根幹の行為だ。
なんでこんなくだらないパフォーマンスだけの交通安全運動に邪魔されなきゃいけないんだ?
ティッシュを配ったからといって何の交通安全が保証されるというんだ?
そのすぐ近くで赤信号の横断歩道をハトが渡っていた。
連中もハトは止められまい。
なんとも皮肉めいててシュールな光景だった。
交通ルールを守らないのは良くないが、守らない人というのは急いでる人だ。
それはこの1分1秒をギチギチに管理しようとする社会のせいじゃなかろうか。
根本的な原因をどうにかする努力を怠り、形だけのパフォーマンスに税金をかける。
本当にバカな自治体。
駅前のありえないくらいの人の多さに嫌気がさしてわざわざ遠回りするという、住民が快適に生きるためのなけなしの知恵すら平気で踏み躙る。
ノンデリな街。
36年、きっとこういった細かいノンデリ要素を私は無意識に受け入れながら生きてきたのだろう。
そもそも川崎市というのは東京に近いという事が最大の売りのベッドタウンだが…
ここ何年か、主要駅のほとんどが駅前再開発・タワマン建設を進めている。
武蔵小杉のようにもう何棟もタワマンが聳え立ってる街もあるし、まだ着手したばかりの街もある。
川崎市内のタワマン及び高層マンションが既に立ち並び、もしくは計画が進んでいる街。
川崎、港町、鹿島田、武蔵小杉、溝の口、登戸、向ヶ丘遊園、新百合ヶ丘、鷺沼といったところか。
川崎市は言うほど広くない。
それでいて、人口の大半が東京を目指す。
つまり必ず多摩川を渡る事になる。
鉄道ではJR、京急、東急東横線および目黒線、東急田園都市線、小田急線。
道路や自転車、徒歩で都内に行く手段も限られている。多摩川を渡る橋を通らなければならないからだ。
当然タワマンなんて安易に建てれば、混雑でえらい事になるだろう。
いや、既になりかけている。
おそらく行政はこの混雑の事を度外視している。
「田園都市線は混雑がやばい」はいまや常識だが、溝の口と鷺沼でタワマン建設が予定されている。
鷺沼なんて一気に2棟建てる。500戸くらいを予定しているらしい。
更に行政施設すら隣接させる。行政側も共犯というわけだ。
デベロッパーの暴走を止めるべき立場のはずなのに。
きっと川崎市的には「東京に近いんだからタワマンを建てればたくさん人が増えて税収儲かるぞ〜」くらいにしか考えていない。
鷺沼小学校なんかいい例だ。
いまや日本を代表するサッカー選手の三笘薫と田中碧の母校だが、生徒の数に対して学び舎が足りず、プレハブ小屋を増設して凌いでいる惨状だ。
そもそもそんなに大量の生徒を受け入れるほど敷地が広い学校でもないはずだ。
おそらく過密による死人が出るまで、あらゆる駅前を再開発してタワマンを建て続けるつもりなのだろう。
そんな川崎市、人の流入は多いので稼ぎは全国自治体でもトップレベルだ。
しかしそれが市民の快適な生活に還元されていない。
まず、道路がガタガタだ。
よく散歩をするから分かるが、川崎市から横浜市の境界線を越えた途端に歩道が綺麗になって歩きやすくなる…という事がざらにある。
それから図書館。
税収があって人口が多い割にはそこまで広くなく、蔵書も古いものが多い。
建物もボロくなっているところが多い。
武蔵小杉にある中原図書館は駅ビル併設で一見良いように見えるが、まず図書館に行くのにエレベーターに乗らなきゃいけない。煩わしい。
辿り着いたところで、ビルのワンフロアでそこまで広くない。
本を読みたくても数少ない席はほぼ受験勉強の学生に陣取られ、常に席取りで殺伐とした空気が漂っている。
中原図書館の立ち位置は、アプリで予約した本を効率的に受け取る場所という事なのだろう。
図書館を何だと思っているんだ。
鷺沼に移設する予定の宮前図書館もワンフロア型らしい。アホ
完全な移設なので現在の位置にある図書館は潰すつもりらしい。
住民の数に対して明らかに図書館が足りてないのに両方運用する事すら出来ないのか?
どっちも運用するじゃダメなのか?それが出来る財力は持っているはずでは?
あとは公園。
川崎市は公園自体は至る所に設置されているが…実態は酷いものだ。
公園と名のついた広場未満のスペースである事も多い。
中には木一本すら生えておらず、周りをマンションに囲まれてベンチが1つぽつんと置かれてるだけの場所もざらにある。
ボール遊び禁止の場所も多い。
これを公園と呼んでいいものなのだろうか?
また、生田緑地には岡本太郎美術館がある。
岡本太郎といえば世界的に有名であり、力強い作品がたくさんありとてもいい場所である。
が、この施設が「生田緑地のいち文化施設」レベルの扱いを受けている。
大阪万博記念公園は「あの太陽の塔のある万博記念公園」だが、川崎市の岡本太郎美術館は「あの岡本太郎の美術館がある生田緑地」とはならない。
生田緑地の隅っこの古びた施設扱いされているのが現状だ。
一応建物老朽化に伴う工事はやるようだが…
そもそも去年の2025年は屈指の万博イヤーだった。
大阪は大阪中これでもかというくらいお祭り騒ぎだったが、川崎市は岡本太郎美術館があるのに便乗すらしようともしなかった。
結局外から人を呼んだところで、捌く能力が無い事を証明しているのではないだろうか。
だって平常時の過密対策すらろくに出来ないんだから。
それでいてタワマンはどんどん建てる矛盾。
タワマンを建てるという事は、住民が一気に増大するという事だ。
今ですらろくに過密対策出来てないのに、さらに人口が増えたらどうなってしまうんだ?
そんなわけで、文化への敬意なんてろくに無いのが今の川崎市である。
じゃあどこに力を入れているか?
スポーツだ。
サッカーの川崎フロンターレおよびバスケの川崎ブレイブサンダースの本拠地整備。
これには莫大な資金を投じているはずだ。
が、スポーツは結局イベント。
住民の普段の生活はおざなりにしておいて、こういう見栄えのいい施策は積極的にやる。駅前再開発もそうだけど。
あと音楽の街を謳ってはいるが、ホールの整備などに力を入れているだけだ。
現に私は昔から歌うのが好きだが、通学路で歌いたくなっても常に「誰かとすれ違う」事に怯えて思い切り歌う事すら出来なかった。
誰もいない自然の中で気持ちよく歌う…そんな場所すらない。
金を払ってカラオケに行くしかない。でも別にカラオケで歌いたいわけじゃない。
こんな街が「音楽の街」を標榜している…鼻で笑いたくなる。
災害時の避難所だって圧倒的に足りて無いし。
川崎市が被災する時は東京都も被災するだろうから、物資とかは当然首都の中枢が優先されるはずだし、川崎市のベッドタウンなんてかなり後ろに回されるはずだ。
多分そういう事は何も考えてないんだろうな。
小手先の防災グッズでどうこう出来る話ではない。
住民の快適な生活など二の次で、納税マシーンくらいにしか考えてないのではなかろうか。
なんだか川崎市だけバブルの時代を生きてるんじゃないか?とすら思う。
今、令和やぞ。
インフラ面だけでなく、住居も厳しい。
放っておいても東京の隣にあるだけで人はどんどん増える。
当然地価も上がる。
自治体がお粗末でもお構いなしだ。
思えば実家も家族3人住まいでマンション60平米ほどの3LDKだった。
3LDKとは名ばかりの、リビングにダイニングテーブルを置いたらソファすら置けないような家だった。
自分の部屋があっても深夜に通話してるだけで隣の部屋の親に怒られるような壁の薄さだった。
それでいて駅徒歩15分。多分購入当初3500万円くらいはしたんじゃなかろうか。
このエリアの徒歩15分とは、きつい坂道が必ずセットだ。
歩くのが好きな私でもきつい。
景色もただの住宅街で変化が無い。
戸建ても庭がないようなところばかりだから、庭に植えられてる花を見る楽しみすらないエリアだ。
無機質な家の壁を背景に歩く。
歩きスマホの人やワイヤレスイヤホンで通話してる人が多いけど、それも仕方ないなと思う。
唯一にして最大のメリット、利便性。
この利便性とは所詮「東京に出やすい」以外の何物でもない。
一応主要駅なら買い物も出来るが、結局店のラインナップは東京とたいして変わらない。
そしてそういった主要駅は地価が東京ばりに高い。
だったら最初から都内に住んだ方がいい。
江戸川区や足立区あたり、多摩エリアは結構良さそうだ。
埼玉・千葉のベッドタウンも過密には悩まされているだろうが、まだインフラで何とかしようという気概は感じられる。坂も少ない。
と、自分の住んできた川崎市が感性にとってどれだけ劣悪な環境だったかを理解してしまった。
よく今まで自分の感性が死ななかったなと思う。
私が技術を磨くのみで、真の創作を出来なかった理由が今なら分かる。
技術を磨くというのは結局誰かの技術をなぞるだけという、消費の延長でしかない。
このノンデリな街、最低限のパーソナルスペースすら確保されない家に住み、自分の感性が侵害されないよう防衛に励んでいた。感性防衛戦だ。
戦ってる時に自由な創作など出来はしない。
それで若い頃はインターネットの世界に逃げ込んでいたが、最近はそのインターネットも川崎市の再演会場となっている。
TwitterのX化なんて、街の再開発そのままじゃないか。
私がnoteをやたら敵視する理由も分かった。
インターネット界の東急だからだ。
「クリエイターのためのプラットフォーム」というブランドだけが独り歩きした場所。
それに気付いたからnoteを離れて個人サイトを作った。
Xやnoteは開かなきゃいいだけだが、街は外に歩けば嫌でも目に入る。
壁と狭い部屋に詰め込まれた所持品ですら、私に牙を剥いてくる。
これが私の生きてきた世界だ。
クソ食らえ。
だからこそ私はこの街を逃げ出す決断をしたのだろう。
東京にしがみつくだけの、この街を。
もとからあった文化すら再開発で容赦なく上書きしていく、この街を。
タワマンのキラキラした住人と古くからの住人が不協和音のように共存させられている、この街を。
それを抑えるどころか増長させる自治体が治めている、この街を。
結論:こんなクソ街早く出て移住したい。
とはいえただの逃避ではなく、地に足ついた移住先の選別をしているつもりだ。
川崎市と真逆の姿勢を持っている堅実な自治体。
これは戦略的撤退であり、私が本当に「やりたい事をやる」ための亡命だ。
怒り狂ってGeminiとこの街の欺瞞を掘り下げいたら1日が終わってしまった。
本当はもっと楽しくて充実した創作活動がしたかったのに。
早起きしてそれに付随する作業が出来るはずだったのに、無神経な交通安全運動のせいで全てが狂ってしまった1日だった。
地元への怨嗟が強すぎて、そのうち怨霊になっちゃうかも。
ちなみに以下が2021年に書いた川崎市についての記事だ。
まだだいぶフレンドリーだ。この5年で私に一体何があった。
インターネットまで川崎化しちゃったからか。
















