人の心が読めるようになった。
というと「ついに頭がおかしくなったか?」と言われそうだが、人が話している時、あるいはその人の文章から心の底に秘められた真意を読み取る力が上がってしまったように思う。
本人ですら気付いていないような本心を感じ取り分析してしまうのだ。
「心が読める」という能力は、羨ましいと思う人も多いかもしれない。
が、これがなかなかの地獄である。
ちょっとした相手の仕草で「この人今少しイラついてるな」と察知する感受性。
この感受性は昔からだったが、常にイライラしているような人と仕事してた時はよく泣いていたものだ。
他人の文章を読んでも、つい心の奥の奥まで分析してしまう。行間を読んでしまう。
「この人は虚勢を張っているんだな」とか「この人は承認を求めているんだな」というのが、手に取るように分かるようになった。
ちなみに他人に偉そうに説教するタイプの文章は、実は自分に言い聞かせているパターンだったりする。
だからこそ他人に偉そうにあれこれ説く割には「お前が出来てないじゃん」と思えるものが多い、矛盾している、つまり説得力が無いのである。
言葉だけでなく行動が伴わないと人は動かせないわけである。ナメられるからだ。
集団で通話などをしても「あぁ、この人は今誰かに甘えたいんだろうな」というのをいち早く読み取ってしまう。
「親切な人たちが純粋に心配してくれている事に充足を覚えているんだろうな、この人は」と見透かしてしまう。
それが分かるようになってから、あまりそういう人に親切な対応をしなくなった。
こういう人種は相手を本当に必要としているのではなく、自分を満たすために相手の親切心を搾取しているだけである。
親切な相手はそのうち疲弊するが、そうなったら代替可能のパーツというわけだ。
で、たまに共依存に溺れる人が出てくる。
そういう依存相手を求めてやっている仕草なのである。
もちろん狙ってやっているのではない。
本人ですら無意識だし、切実なのであろう。
しかし私には、千尋に拒絶されてモンスター化していくカオナシにしか見えない。
一種の自傷行為とも言えよう。
…この洞察力、我ながら忌々しく思う時がある。
この視点でSNSを眺めると、なかなかに地獄だからだ。
なんならかつての自分もそれだったなというのが、今ならよく分かる。反省しろ。反省した。
他人と距離を置いて一人で過ごすようになったのも、今なら必然だったということが分かる。
まあ見透かされる側も嫌だろうしな。
漫画『シャーマンキング』の恐山アンナみたいなものだ。
彼女も人の心が読める能力を有していたが、それは人のドロドロとした本心や欲望を見透かしてしまうものだった。
そんな彼女は麻倉葉との出会いで救われるわけだが…。
私が夫と同居出来ているのも、夫が麻倉葉ばりに普段ぼけ〜っとしているからなのだろう。
ヤドンと暮らしているようなものだ。
おそらく占い師と呼ばれる人たちも、相手の本質を読み取りアドバイスを送っているんだと思う。
スピリチュアル要素は演出に過ぎず、その本質は自己啓発アドバイザーだ。コンサルにも近い。
だからこそ占いは科学が発展した今の世も、大人気なのだろう。
ちなみに血液型や星座占いは、誰にでも当てはまるそれっぽい事を書いて当たった気にさせるという、バーナム効果そのままである。
血液型関連で確実に正しいと言えるのは「O型が虫に刺されやすい」くらいだろう。
A型が2箇所刺される間に10箇所以上刺されるのがO型の宿命だ。
まあ不便な事も多い他人の心を読む能力だが、この能力を使って歴史考察などするとなかなかに面白い。
「なぜ明智光秀は本能寺の変などという謀反を起こしたのか?」という分析。
光秀は実直さかつクソ真面目なサラリーマン役員だった。伝統と規律を何より重んじていた。
信長は常識破りのベンチャー社長。
その社長が業界No.1を前にして、かつての功労者に理不尽な難癖をつけてリストラしたり、光秀にパワハラしまくったりしていた。
信長からしたらリストラはコストカット、パワハラは叱咤激励かつ愛のムチという感覚だっただろうが、光秀からしたらプライドを踏み躙られるものだった。
現代ならとっとと辞めてライバル企業にでも転職してしまえば済むが、戦国の世は「裏切りは死に値する」くらい重いものだった。
光秀はおそらく「私が社長を止めねばこの会社は終わる…!」という不器用すぎる正義感で火を放ち、信長社長を葬ってしまったのだろう。
…みたいな分析も出来る。
こう分析すると、明智光秀がただの裏切り者から実直かつめちゃくちゃ不器用で可哀想な人という人物像に変わってくる。
「あのクソ社長燃やしてやりてぇ…!」とまでは思わないにしろ、社長や上司に思うところがあるサラリーマンなど、今の世の中たくさんいるだろう。
歴史の一大事件が『相棒』にありそうなエピソードになった。
こんな感じで分析するのはめちゃくちゃ楽しい。
歴史上の人物だけでなく、物語の人物の分析も同じ要領で出来る。
そして今日の記事のネタにも困らないわけだ。
短所とは使い方次第で長所となり、また逆も然り…というわけである。









