2020年8月4日にnoteで公開した記事を移行したものです。
私は字を書く事が出来る。
当たり前だ。
日本人で義務教育を受けていれば、誰でも当たり前のように文字が書ける。
私は右利きだ。
文字を書く、箸を持つ手は右。
だが、ボールを投げたりするのだけは左だ。
というか左投げ左打ちである。
少し変わっているかもしれない。
最近、左手で文字を書く練習をしている。
どうやら左利きは右脳が発達するらしい。
右脳は芸術脳だとよく言われる。
正直どこまで信じていいのかわからんが。
絵を描くにあたって役に立つかもな、という狙いで左手を使い始めたわけだ。
それもあるのだが、小学生くらいの時は「左利きかっけー!」と謎の憧れを抱いていた。
理由はよくわかんないけどかっこいい。
授業が退屈な時、たまーに左手でペンを持ってノートを書いていた記憶がある。
当然、ミミズののたくったような字になったが。
そんな小学生時代もはるか昔。
今になって再び左手で書く練習を始めたわけである。
iPadのApple Pencilとノートアプリを使い、青空文庫の文章を書き写す事にした。
題材は若草物語。特に意味はない。
とりあえず1日にノートアプリの用紙1ページ分を書く事にした。
中央で2つに区切って、右側は右利きで書き、左側は左利きで書く。
まず左から書く。すごく書きづらい。線が歪む。
力の入れ方がよく分からない。
何とか書き上げたものの、やはりミミズののたうったような字になっている。
苦労して左部分を書き上げ、同じ文章を右半分に書く。
今度は慣れた右利きだ。スラスラと書ける。
力の入れ方も意識せずとも分かる。ちゃんと線が引ける。
書く速さも段違いだ。
不便な左利きを経て、始めて右利きで書いた時のありがたさを知る。
だが、右だって最初からこんなスラスラ書けたわけではないはずだ。
文字を書き始めた幼少時。幼児の書く字というものはガタガタだ。
それこそ、今の私が左で書いたような字だろう。
それが、いつの間にかサラサラと書けるようになっている。
これは、何年も文字を書き続けた結果だろう。
授業の板書などで、いつの間にか右手は鍛えられていたらしい。
つまり、この右手で字が書けるという事は、長年の努力の成果というか。
右手、お前も頑張ってるんだな。
そんな労いの声をかけてあげたくなった。
今日は上野の東京都美術館へ浮世絵を見に行ってきた。
400点以上もの展示がある大規模なものである。見応えたっぷりだった。
浮世絵は基本的に影を描写しない。
それでいて躍動感が出ているのは何故なんだろう。
線の強弱が凄い。
版画ではあるが、イラストの線画の参考にもなるだろう。
それにしても色彩センスが凄い。
初期の浮世絵作品なんか3色くらいしか使ってないのに、鮮やかさと統一感が両立している気がする。
着物の柄で華やかさを表現しているのか。
私はやはり歌川国芳が好きだ。
浮世絵師の推しは国芳だ。
現代のイラストに通ずるものが多いからだろうか。
それとも無類の猫好きだからだろうか。戯画は本当にかわいい。
葛飾北斎には圧倒される。
富嶽三十六景には圧倒された。
青の美しさ。色彩のセンス。構図。何もかもが凄い。
富嶽三十六景といえば、の神奈川沖浪裏も展示されていた。
波を大胆に描写。何だこれ。すげえ。天才か。
思わず「は?」と言ってしまいそうになった。
この「は?」とはよく限界オタクが推しが尊すぎてキレている「は?」だ。
「なぜお前はそんなに尊いのだ。あゝいとおしい」といったところか。
っと、早口で語るオタクそのままな文章になってしまった。
とにかく雑に纏めると「クールジャパン!」といったところか。たぶん違う。
六本木の「おいしい浮世絵展」も俄然行きたくなってしまった。
その名のとおり、食べ物関連の浮世絵を集めた展示らしい。
せっかく上野に来たのでとヤマシロヤに寄り、なぜかスターウォーズのベビーヨーダのソフビを買ってしまう。
スターウォーズ見てないのに惚れた。可愛すぎる。
それから浅草方面へ。
別に浅草寺が見たかったからとかいうわけではなく、先日にも書いたニトリデコホームに行きたかっただけだ。
ネコのクッションがいた。何だこのかわいい生物。
睡眠時間が1時間だった事もあり、判断力が低下。
どいつを選べばいいか分からない。
いいや、3匹迎え入れちゃお。3兄弟とか超可愛いじゃん。
そういうわけで3匹になった。
名前はグレーがこんにゃく、黒が黒豆、白がはんぺん。
ふにふにした食べ物シリーズで統一した(黒豆は微妙に違うけど)。
その後、クソ暑い炎天下の中、なぜかスカイツリーまで歩いて帰った。
明日はさすがに引きこもりたい。
追記(2025年6月22日)
結構変な事色々やってるなーと思う。
あとこの頃の私は美術館に積極的に足を運んでいるな。








