ふと思った。携帯料金高すぎるな。
私は惰性でずっとauを契約していた。
プランも高いやつにしていた。
が、正直モバイル回線を使う事がほぼ無い。
大体のことはPCでやっているし、家にはWi-Fiも通っている。
外出時に少し使う程度で、動画も見たりしない。
だからpovoに乗り換えた。
月6000円くらい削減出来るはずだ。
今まで相当無駄なお金をauに提供していたようだ。
それからサブスクの類を切った。
ネトフリも、アマプラも。
今は映画も野球も見ている暇が無い。
作業の合間に映画やドラマを見るのは重すぎるから最近はほぼ見ていなかったし、野球も作業用BGMとしてダラダラつけていただけだ。
最近は作業に夢中になると、気付いたら試合が終わってたなんて事もよくあった。
スカパーの野球セットも、バスケットライブも切った。
野球もバスケも嫌いになったわけではない。
今でも好きだ。
それでも、今の私には必要ないものだと思う。
もっと自分の活動の基盤が固まってから見るものだ。今じゃない。
もっと落ち着いた時に再開しようと思う。何年後になるかは分からない。
思えばここ数ヶ月ほど、ゲームもやらなくなったしYouTubeも見なくなった。
VRChatは一人でワールドの写真を撮るだけだから、ゲームともまた違うと思う。
どちらかというと写真撮影後のギャラリー投稿がメインコンテンツだからだ。
サブスクが一気に削られた。
娯楽を一気に削った。
だが別に私もストイック過ぎるわけじゃない。
娯楽に触れたい時は小説と漫画でも読めばいい。
小説や漫画のいいところは、中断したい時にいつでもやめられるというところだ。
ネトフリとか動画コンテンツだってそうではあるのだが、なんとなく途中で中断するのに心理的ハードルがある。
そして、読んでる最中の感想をDiscordに軽くメモし続けている。
いずれ書く感想記事の叩き台だ。
健康のためと称した散歩もやめることにした。
日常的に少し遠いスーパーに足を運んでいるんだから、それで事足りると思う。
完璧に足りるわけでもないが、外はあまりにも毒が多過ぎる。特に首都圏は。
無闇に出歩きたくない。
50回復しても、その際の混雑などで30ダメージを食らったらあまり意味が無い。
気分転換にショッピングモールをブラブラしては、コレクションに相応しいと思ったものを見つけると買ってしまっていた。
見つけたからには買う、それがコレクター魂だ。
じゃあ見つけなければいい。
SNSもそうだ。見なければいい。
もっと今あるコレクションとたくさん向き合うべきだと思った。
そもそもこれ以上コレクションを増やす土壌が無い。
これ以上増やしてもデッドストックになるだけだ。
狭過ぎてコレクションケースを部屋に無理に押し込めてる状態なんだから。
倉庫みたいになってきている。
自慢のコレクションのはずなのに、なぜこんなに申し訳なく思わなければならないのか。
それに、私自身の基盤が固まってないのにインプットばかりしても意味が無いじゃないか。
結局無闇に消費してるのと変わらない。
インプットしないと時代に取り残される?
そもそも取り残されるほどの自己すら確立していないのに。
私はもう充分恵まれている。
もういらない。
むしろありすぎる事で、真にやりたい事を見失っていたように思う。
ずっと与えられてばかりの人生だった。
小学生の頃も「私が買いたいと言った物をすぐに買ってくれる」
そういう親だった。
友達はみんなお小遣い制なので、私もそれがいいと思ってわざわざ頼んだ記憶がある。
たくさん与えられたところで、本当に欲しい物は手に入らない。
物ばかり手に入れても、自分が空虚なら意味が無いじゃないか。
空虚な自分を埋め合わせるために、たくさんの物を装備する。
そんな生き方は私は望んでいない。
私の生き方は、私が自分で決める。
それもこれも、私には本当に欲しい物が出来た。
物ではないかも。
私がずっと欲しかったのは、安らげる居場所だ。
今までもずっと探してきた。
だがそれはどこにも無かった。現実にもインターネットにも。
ようやくその居場所に相応しいところを見つけた。
でも今の自分の力だけで移り住む事は難しい。
私はシステムに従属する事なく自分の力のみで稼ぐ、その手法を見出す事を目標としている。
だから一過性のパートをやったりするのは違う。結局システムに生かされるだけだからだ。
自分で生きる方法を見出した際の、報酬としての移住と定義すればよいのではないだろうか。
年収が高いだけの人はゴロゴロいるだろうが、個人サイトを、しかも数多の情報と管理人の人間味が同居した個人サイトを長期間安定して続けてる人はかなり少ないだろう。
それで実際に稼げるようになるのかは未知数だが、まず長く続けているというだけで稀少価値が生まれる。
だから私はやめない。
このサイトの更新を続けて発展させるのが至上命題だ。
そして、今を戦時中と定義するとずいぶん楽になる。
移住を、この戦時下から抜け出すための亡命と捉える。
戦時中なら、街に出て道ゆく人々が殺伐としていても仕方ない。
誘惑という名のハニートラップもたくさんある。
日々のスーパーへの買い出しは、戦地の物資補給だ。
物理的に爆弾を落とされる心配もなく、自分が殺される心配も無い戦時下。
食べ物にも困っていない。
戦時中と捉えたらずいぶんと気楽なものじゃないか。
快適な暮らしを志すから辛いんだ。
そんな環境で、着々と亡命の準備を進める。
娯楽など、結局はHPもMPも少しずつしか回復しない傷薬に過ぎないなと思った。
だから「もういらない」って堂々と言える。
きっと私は気が触れたのだろう。
いや、単に狂気的なほど正気なだけだ。















