これは2020年2月25日にnoteで公開した記事を移行したものです。
俗に言うクリエイターという人種。
ここで言うクリエイターは、”有名になる事や生活する手段”としてクリエイティブな事に手を出している人ではなく、根っからの表現者の事を指す。
この人種は”感受性が強く心が脆い”と言われる事がある。
正しくは、心の脆い人間は何かを表現せずにはいられないという事だろう。
感受性が強いうえに、些細な事で感情が激しく動き、心は何かを表現せずにはいられなくなる。
そして作品が生まれる。
表現する手段は様々だ。
絵、文章、音楽、物体、想像出来ないほどの様々な表現方法…。
ジャンルは違えど、根本的な部分は共通していると思っている。
ありがちな話を挙げよう。
とあるアーティストが何かを表現した結果、それが世間に評価されて、いわゆる”売れた”。
売れた後に発表した作品が今までとは全く違った感じになってしまう。
よくある話だろう。
表現者の何かが充たされ、または状況が変わった事によって、表現するものがガラッと変わってしまった。
昔、好きなバンドの曲調が変わっていく様子を嘆いたものだ。
今思うと別に悪い事だとも思わないが。
とにもかくにも、心の中の何かを表現したいから、人はクリエイティブな事をするのであって、作品は作り手の心に影響される。
そして、感受性が強い人ほどその”心の中の何か”が発生しやすいのだろう。
追記(2025年6月21日)
これが今の理性感性論の土台と言っても過言ではないだろう。
いわばこの頃の私は自分の感性に飲まれそうになっていた。
それを必死で繋ぎ止めていたとも言える。






