凡シュール

パクリはいけないこと?

凡シュールのエッセイ

2021年5月25日にnoteで公開した記事のリバイバル。
現在移行作業中のため一時的に読みづらくなっていますが後日修正予定です。ご了承下さい。

これ、生成AI全盛期の今だと更に掘り下げる必要があるように思う。

世の中、創作やってない人の方が”パクリ”について厳しいんじゃないかなと思う。

パクリというと、全てがいけない事のように感じる。当然ダメなパクリもある。

実際に音楽のメロディの盗用は法律違反にあたるし、イラストで構図やキャラクター、コンセプト全て丸パクするのもいけないことだ。

既存作品を上からなぞっただけのものだってアウトである。トレパクってやつだ。

これはもちろんやっちゃダメである。トレスはどこにも発表しない練習用なら練習法の一つとして存在するが。

今回触れるのは、それ以外のパクリの存在である。

パクリはパクリじゃん?いけないことじゃん?と思われるかもしれない。

私は現在DTMとイラストを重点的にやっているが、ジャンル関係なく第一線で活躍する人たちが必ず口にしている事がある。

「パクれ」「お手本を参考にしろ」

言い回しはそれぞれ違うが、複数の人が言っている。

この「パクれ」とは一体何か?いけない事をしろというのか?

そうではない。

このパクリを突き詰めると、「技術を盗め」という事になるだろうか。

イラストを描くうえで”資料”は必要不可欠だし、音楽を作るうえでは”参考曲”をもとにするのが常識である。

プロでもそうだ。

プロのイラストレーターさんでも、慣れてるモチーフは何も見ずに描けるようになっているとはいえ、初めて描くものは必ず資料を見ているとの事。

そもそも慣れてるモチーフだって、かつて穴の開くほど資料を見て数え切れないくらい描いてきたからこそ、今何も見ずに描けるようになったんだと思う。

いくつもの作品から自分の好きな要素を少しずつ頂いてブレンド、更に自分のオリジナル要素を出して出来上がったもの。

これが今日におけるオリジナリティだ。

例えばイラストなら、「画風はこの人の感じが好きだから参考に、構図はこの絵を参考にしつつ少しいじって、服装は…この雑誌をお手本にしよう…ポーズはこの絵を参考にして少しアレンジしよう…ここはこんなエフェクトをかけよう」とかそんな感じである。

この行為をパクリだと思い込んでいる人が世の中には結構いるようだ。

もちろん、一つの作品をあまりにも参考にしすぎている場合はダメだ。

参考作品の最も特徴的な部分をそのままパクるとかね。

かわいい特徴的な服をそっくりそのまんま流用する、とかそんな感じ。

とはいえ、多少参考にするだけなら問題ない。

だが、これだけで「パクリだ!」と騒ぎ立てる人が結構いるのだ。

もしもこれをパクリだとし、禁止したらどうなるか。

誰も何も作れなくなります。

ごく一部の天才…例えば新しい手法を編み出す発明者のような人間以外は、みんな上記のような方法で創作をしているわけである。

自分で全くの0から何かを創り出す事は、まず不可能だ。もし出来るとしたら、歴史に残る偉業だ。

身近な例えを出すと…

人間は生まれた時、歩けない。会話も出来ない。

ではどうして成長と共に二本足で歩けるようになったり、喋れるようになったりするのか?

それは、子供が身の周りの大人の真似をするからである。

もし周りに人間がいなかったら、永遠に二本足で立つ事もないし、喋る事もないだろう。

狼に育てられた狼少年だって、四足歩行で生活していたらしいじゃないか。

創作だって、これとほぼ同じ話である。

まずは真似をしなきゃ何も出来ない。

真似していくうえで、だんだんと自分の作風を確立させていけばいい。

そもそも意図的に参考にしていなくても、好きな作品の影響は大なり小なり受けてしまうものである。

世の中には既に星の数ほど作品が存在しているからだ。

全くパクるつもりじゃなくても、結果的にほぼ同じ物が出来上がってしまう時だってある。

2つの作品は似通っているが、出来た経緯やコンセプトは全く違う。

それでも外野からパクリ認定されてしまう。

有名な話だと、東京五輪のエンブレム問題だろうか。

あのエンブレムも、偶然の一致だったのかなと。

まあ他の問題も色々出てたし、佐野氏にも問題があったとは思うけど…。

デザイナーの僕が感じる、五輪エンブレム盗用疑惑について話題の五輪エンブレムの盗用疑惑について、デザインを仕事とする人間としての、いち感想です。 疑惑をかけられているデザイナー「xn--dckc6ac6a2e3a0a6gtj9hv517b6i1c99wa024cckzb.com

ロゴなんて所詮は図形と色の組み合わせだ。

イラストだってそうだ。音楽だって音の組み合わせでしかない。

既に星の数ほど存在している作品と被ってしまう可能性は、いつだってある。

確実に被らないようにする方法があるとしたら、世の中に存在している作品を全て認識して、それと被らないものを作ることである。

**つまり不可能。**そんな事できっこない。

それなら開き直るしかない。

本当にパクってないのなら「パクりじゃないです。これは自分のれっきとした作品です」と言い張るしかないと思う。

創作する側はもちろんそうだし、受け取る側もこの認識を持つべきだなと思う。

結果的に似ちゃったんなら仕方ないじゃん。

謝る必要だってないと思う。

堂々と「これは自分の作品だ!」って言い張れ。胸を張れ。

案外難癖つけたいだけの人だっているだろうし。

ちなみにこれが怖くて、せっかく自分の作品を作ってもネットなどで発表出来ない人がそこそこ存在するらしい。

自分の作品を発表したいという人がこれで萎縮しちゃってるのは勿体ないよね。

そんなわけで、”パクリ”について思うところを書いてみた。

改めて誤解の無いように書いとくけど、もちろん丸パクリとか無断転載みたいな悪意のあるパクリはいけないよ!そーゆーのは死すべし!

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