昨日は夕食後、2時間ほど作業して終わらせるか〜と画策していた。
すると、Notionがバグる。
並び替えが上手く機能しない。
作業に思いっきり支障が出るバグり方だった。
今後もこのバグに左右されないように、DBにプロパティを追加して数値で並び替え制御する作業。
1日の終わり、作業ももう少しで終わるといった時に浮上するバグ。
そしてその対策の余計な作業。しかも私が悪いのではなく不可解なバグ由来である。
この時点でイライラしまくっている。
最近気付いたのだが、私は「自分ではどうにもならないシステムの不条理に襲われた時の心理的耐性」が異常に低い。怒りの沸点があまりにも低くなるのだ。
その最たるものがゲームだった。
昔…それこそ小さい頃からゲームで理不尽な事が起きるとめちゃくちゃキレていた。
恐ろしいガキである。
なぜかよく一人で初代のマリオパーティーをやっていたのだが、あのゲームは私が一生懸命稼いだコインやスターをNPC達に狙い撃ちされる仕様になっている。
これが当時の私には本当に耐えられず、やられるたびに「イジメか!?」と怒りながら泣き喚いていた。
被害妄想も甚だしいのだが…割と被害者意識の高い母と、ところ構わずキレる時はキレる父の子供だったので仕方ない部分はある。
この習性は20代後半頃まで続いた。
今思うと「なぜゲームはプレイヤーを楽しませるはずのものなのに、こんか理不尽な目にあわなければならないんだ?」が根底にあったのだと思う。
今思うと、この怒りのエネルギーをもっと早く創作(全てが自己責任の世界)に転化していれば良かったのかもしれない。でもそのやり方が分からなかった。
ようするに、私はゲームと真面目に向き合いすぎていた。
ゲームでキレる人というのは、遊びですらクソ大真面目にやる人が多いのではないかと思う。
適当な暇つぶしではなく、自分の何かしらのロジックを掲げて本気で挑んでいる人。
不器用だなとは思う。でもスポーツだってそうじゃん?
対戦ゲームと私との相性は本当に最悪だった。
システム側のブラックボックスなマッチングシステムに加え、シーズンによって環境がコロコロ変わる。
こちらがどんなに対策を考えても、敵味方は人間なので全く通用しない場合も多い。
私は理不尽なシステムに対してはよくキレる人間だが、対人ではかなりおおらかな方だ。
こうなると訳が分からない。
他責思考してしまえればまだ楽だったのだが、そういうわけでもない。
脳がバグる。
結果、システムにブチギレながら「自分は下手だ。存在価値がない」と自己を追い詰める悲しきモンスターが出来上がった。
そんな私もある時から、ゲームではなく創作と真面目に向き合うようになった。
きっとシステムに振り回されるのに疲れてしまったのだろう。
ゲームを「純粋なただの気分転換」程度に考えられるようになった。
あとそういったイライラの発生しづらい、自分の意思が介在しやすいゲームの方が向いてるんだろうなと思う。
コツコツやる系のやつとか。
そう思うと、創作やサイト運営だってゲームの一環としてやっている節がある。
たまに「ゲームでキレる人って意味わかんないよねー」と言っている人がいるが、私にとっては不特定多数が見てる場でこういう事を言う人間の方が意味が分からない。
ゲームをキレるくらいやってるという事は、それだけ真剣に取り組んでいるという事だ。
その人にとって真面目に取り組むものがたまたまゲームだったというだけで「たかがゲームにそんなマジになっちゃってどうするの?」と嘲笑する権利は誰にもない。
確かにゲームのイライラを表に出されたりしたら困るし、気を使うし、大迷惑ではある。TPOは大事だ。
でも「ゲームでキレる人って意味わかんない」発言は、ただ自分自身の共感性の欠如を表明しているだけなのではないだろうか?と、こういう発言を見るたびに疑問に思っていた。
というか、この人は一つでもいいから何かに本気で向き合ってみた事はあるのだろうか?とすら思う。
まあいいや。
そんなわけで私はシステムが引き起こす理不尽への耐性は極端に低い。
そしてバグ対策の作業はだらだらやっていたら5時間くらいかかった。
目も疲れ、眠い。ヘロヘロの状態である。
台所に行くと、夕飯時に炊いて余った米がそのままになっているのを発見した。
しまい忘れていたようだ。
ラップに包んで冷凍しようとする。
ビリビリビリ…
意味わかんない裂け方をした。
仕方ないのでリカバリーしようと端っこを探す。
あった。
が、そこから引き出そうとしたらどんどん裂けていく。
リカバリーしようがない。
本気でイライラしてきたので、一旦米もラップも投げ打って落ち着くことにした。
我が家で使っているのはクレラップだ。
ラップ界最大手である。
そんなクレラップだが、検索してみると「ここ数年で裂けやすくなった」という報告がたくさんあった。
実際、私も使っていて裂けやすくなった場面が増えたなと思っていた。
まあ今回ほどひどい裂け方はあまり無く、大抵すぐにリカバリー出来る感じではあったが。
ではなぜクレラップはこれだけ裂けやすくなってしまったのか?
おそらくコストカットによるものだろう。
コストカットのためにステルスで品質を下げている。
最近のお菓子メーカーみたいなものだ。
値段だけ据え置きで、どんどんサイズや量を減らしていく。
これは合理的なコストカットなのだろうか?
顧客に不誠実なのではないだろうか?
顧客によっては、値上げしてもいいから前と同じサイズ、容量の方がいいと思っている大ファンだっているだろう。
ステルス低品質は、そういった一番大事にすべき顧客をバカにしてるんじゃないだろうか。
私だってこんなビリビリ裂けるクレラップよりは、多少高くても裂ける心配のないラップを使いたい。
クレラップがダメとなると、対抗馬はサランラップだろうか。
一応サランラップはクレラップよりは裂けづらい、という評判は見た。
しかし…
ここでふと思いつき、Geminiに以下の質問を投げてみる。
「いっそラップを全く使わない生活って可能ですか?使うにしても、アイラップみたいなものに切り替えるとか」
Geminiの回答は「「箱から引き出して切る」という動作を伴うラップを廃止することは十分に可能です。」という事だった。
アイラップや100円ショップなどで売ってるシリコン蓋を使えば、普通のラップは全く使わず生活出来るとの事。たしかに。
クレラップ、いらないじゃん。
みみっちいコストカット美しい企業努力に励んだ結果、顧客を失っちゃ世話ないわな。
てっきりラップというのは生活必需品だと思い込んでいたが、ケチくさいコストカットのおかげでどうやらそれは違うと気付く事が出来た。
確かにゴミもたくさん出るし非合理的だよな、この手のラップ。
なぜかストックが3本もあるが、クラフト用で適当に使い潰せばいいや。
最終的にこの夜は、それはもうイライラしたし予定していた作業も終わらなかったが、巻物ラップとの決別をしたりNotionのDBが少しだけパワーアップした。
あと自己分析も少し捗った。
良しとしようじゃないか。
我ながらネガティブなのかポジティブなのかよく分からない性格してるよなぁと思うが、そんな事本当はどうでもいいのかもしれない。
何事も二項対立で単純化してるとバカになりそうだ。
しかし私だってもっとのんびりした文章が書きたいものだが、世の中の不条理がそれを許してくれない。
その不条理を全て真正面で受け取ってしまう…
厄介な性質だなぁと思う。
そのおかげでエッセイのネタには困らないといえばそうなのだが。
さすがに最近重い話が続いているので、もっと軽やかに書きたいものである。











