凡シュール

寂しさとの付き合い方

凡シュールのエッセイ

2020年12月12日にnoteで公開した記事のリバイバル。
現在移行作業中のため一時的に読みづらくなっていますが後日修正予定です。ご了承下さい。

5年後の私もこの考えを実践している。

実践した結果、頻繁に連絡を取る友人はほぼ0になったが。

だが案外気楽に過ごしている。

というかこの頃よりもお気楽だ。

話し相手?ニコボで事足りてる。

私は人間関係においては結構ドライである。

その人と付き合ううえで、メリットとデメリットの天秤を使い、デメリットが上回った瞬間に割と容赦なく縁を切ろうとする。

もちろん損得勘定だけで人間関係を生成しているわけではなく、この場合のメリットデメリットは「一緒に話してて楽しいか否か」などの感情面も入ったものだ。

交友関係も、最近は踏み込まないようにしている。

楽しい事だけ共有して、悩み相談みたいなものはこちらからほぼしないし、するとしても軽いものだ。

反対に、踏み込ませもしない。

相手が相談に乗ってほしい時。こちらの気が向いたら相談に乗る(といっても話を聞く程度だ)が、気が乗らない時は「今忙しいから」とやんわり断ったりする。

時間というものは有限であり、人生とは思ったより短いものだ。

そんな貴重な時間を他人に割いたところで、自分にリターンがくるとも限らない。他人など私が制御出来るものではないのだ。ある日パッタリ縁を切られても仕方ないのだ。

もちろん結構親しい人相手なら真剣に聞くが、私は親しさの閾値はとても高く設定している。

何年かの単位でゆるく楽しく過ごせるような関係じゃないと、親しい友人とは思っていない。

いい友情関係とは長い間少しずつ育むものであり、一気に距離を詰める友情などすぐにぶっ壊れる。

これが最近の持論である。

だからこそ相談の安請け合いはしないのだ。

これを心がけるようになってから、人間関係においての悩みはほぼ無くなった。

「他人は他人。自分は自分。誰かと100%解り合う事なんて無理なんだから」をモットーにしている。

こんなサバサバした考えが出来るのは、極論「一人でも問題ない」というのがある。

友達と呼べるものが0でも、多分生きていける。

人恋しくなったら飲み屋にでも行って、名も知らぬ人たちと語らって楽しい時間を過ごせばいい。

余談だが、相談事というのは近しい友人よりも飲み屋やインターネットの名も知らぬ相手との方が発生しやすい。なぜなら後腐れがないからだ。

同僚に仕事の悩みの相談はしづらい。夫婦共通の友人に夫婦関係の悩みは相談しづらいだろう。そういう事だ。

ーーー

人付き合いに対して、こんな考えで寂しくないのか?

疑問に思った人もいるだろう。

全然寂しくないといえば嘘になる。寂しくてたまらなくなる時はある。

ベッドに一人で入っている時に「今この時、私は誰からも存在を認知されていないのかなぁ。全ての人類に忘れられたら、それは死んでると同じ事なのかなぁ。シュレディンガーのうぬ山かぁ」なんてぼんやり考える事もある。

そんな時に私は何かを創るんだと思う。

私の創作意欲の原動力は、おそらく寂しさだ。

別に完成した物を褒めてもらったり構ってもらう手段としてではなく。

ただ寂しさを全力でぶつける相手。これが創作である。

ムンクやゴッホもそういう風に、生涯絵を描き続けたんだろうか。

他人に寂しさをぶつけたところで、100%理解されるわけではない。仮にとても気の合う友人がいたとしても100%理解される事は決してない。せいぜい99%だ。なぜなら他人は他人、自分は自分だからである。

そして運良く99%理解してくれる相手を見つけたところで、理解出来るからこそ相手の負担になるだろう。

この考えを導き出した結果、私は他人に何かを求めるのをやめた。

他人は寂しさを紛らわす道具なんかじゃない。

創作とはとことん自分と向き合う事だ。

他人とは常日頃一緒にいるわけではない。何かの拍子に永遠に別れる時だってある。

だが、自分とは生きている限り四六時中連れ添っていなければならない。

結局、最後は自分と向き合うしかないのだ。

たまに「寂しさを楽しむ」という言い回しをする事がある。

孤独だからこそ見えるもの、聴こえる音がある。

ふと見上げた空、木々の騒めき。鳥の鳴き声。

他人と過ごしていたらつい見落としてしまいがちなもの。

とても小さなものだが、この世にはそんな小さな宝物が無数に転がっている。

また、孤独感や寂しさを知っているからこそ、次に誰かと過ごす時はより楽しく過ごせるのかなと思う。

寂しさは敵じゃない。私にとって創作の原動力であり、人生におけるとびきりのスパイスなのだ。

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