風邪自体はほぼ治っているのだが、咳が厄介である。
これのせいで集中したいものも出来ない。
やる事詰まってるんだけどな。困ったなぁ。
山岡荘八の『徳川家康』はとうとう本能寺の変まで差し掛かったのだが、信長の最期は濃姫との共闘がメインという…まあ個人的には解釈違いな描写だった。
とはいえ歴史上謎に満ちてる信長の最期、様々な解釈があって然るべきなのだろう。
色々な解釈があるからこそ面白いのであり、解釈違いは許さないと騒ぐタイプの人の心は本当に分からない。
私は本能寺の変は秀吉黒幕説を推している。
黒幕というか、普段信長にパワハラされて明らかに不満を持っている光秀は、ちょっとそそのかすだけで動きそうだなと思った。
光秀の境遇に心からの同情を示したうえで「殿の今の振る舞いは感化出来ない」「もっとエスカレートしていくかもしれないのを懸念している」とぽろっと漏らし、光秀の実直な正義感に火をつけるだけでいい。
わざわざ秀吉から持ちかけるまでもなく、光秀が勝手に謀反してくれるという算段。
そして後は「裏切り者をスピーディーに葬った忠義に厚い秀吉殿」をやればいい。
光秀自身も、まさか自分が利用されていたとは思わない。
秀吉ならそのくらいやりかねないなと思う。
実際ミステリでは「最も得をした者を疑え」と言うのが定石だ。
じゃあ本能寺の変で誰が最も得をしたのか?というと、紛れもなく秀吉である。
早すぎる中国大返しのような、不可解な点もある。
あやしいよなぁ。まあ真実を知る術は無いんだけど。
イラレ初心者本の復習をしてるが、忘れてた機能がたくさんあったので復習の甲斐はあったなと思う。
今回思い出した機能は忘れないようにしておこう。
それにしても早く咳おさまってくれないかな。
常々思うのが、みんなSNSなんかじゃなくてブログやればいいのに、だ。
別に立派な記事じゃなくていいと思う。
ちゃんとした文章じゃなくても、箇条書きだろうがまとまりのない文章だろうが、独り言の羅列だろうが写真だけだろうが醜い怪文書だろうが何でもいいと思う。
ここに適当な思考の排泄を1年以上続けてるロールモデルがいるわけで。
SNSって結局他者のタイムラインという世界を侵食し合ってるわけで、これはSNS自体の構造不備である。
じゃあブログ書いて外部リンク貼ってそのリンクだけをSNSに共有すればいいじゃん。
受け手は「読むか読まないか」選ぶ事が出来る。
そしたら特定の人の思考の排泄物や承認欲求で誰かのタイムラインが埋め尽くされる事もない。
住み分け。縄張りは侵食し合うから争いになるわけで、最初から住み分けておけば縄張り争いなんて起きないはずなのだ。
あいにく私はNotionで超絶楽に個人サイトを作る手段だってちゃんと書いてる。
SNSごときに自己表現とか心を通じ合わせるみたいな高尚な場なんか向いてない。
みんながスナック菓子つまむみたいな軽いノリで適当にやってるくらいがちょうどいいんだ。
みんな真面目にSNSやりすぎだよ。
まあこんな事言い出したのは、もう本当にSNSをわずかな時間でも見たくなくなってきたからだろうな。
ブログならRSSリーダーで拾い上げる事が出来るから。
そしてネ庭を立ち上げたのもこういう気持ちからなんだろうな、と改めて思う。
ネ庭なら明るい話題、くだらないネタ、深刻な悩み、一生懸命作った作品、全てスレッドで住み分け出来る仕組みだから。











