世俗と切り離された先に

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なんか書きたい事が無くなってしまった。
希望も無ければ絶望も無い。
現実への興味がどんどん希薄になっていく。

人々が心を動かされるようなあんな事、こんな事が割とどうでも良くなってしまった。
「で?」「ふーん」「だから何?」「そう…」

創作物そのものとか、純粋な自然物とか、そういったものにのみ感情を向けるようになった。
世俗と切り離されていく感覚
創作物などへの向き合い方も単純な喜怒哀楽だけではなく、作者はなぜこれを生み出したのか?とかそういう方面へ関心が向く。

どんどん人の理解から遠ざかっていく気がする。
単純な共感と無縁になっていく。
それでも、どこかの誰かに少しでも理解してほしいから私は今日も文章を書いているのかもしれないな。


最近山岡荘八の『徳川家康』を読み続けている。3巻。
織田信長も常人の理解を超えた人物だったのだろうと思う。

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他人から見たらただの非常識な人物に見えるが、彼の中では何か筋が通っていたのではないか。

数は少ないながら彼をただのうつけ者呼ばわりせずに、聡明さを見出していた者もいた。
不思議な魅力に魅せられていた者もいるだろう。現代でも信長のファンは多い。
とはいえ、彼はやはりある意味では孤独だったのかもしれない。

常に規格外という事は、それだけ共感とは無縁という事だ。
魔王と呼ばれ、恐れられ、最終的に部下に殺される。
本能寺の変まではまだまだだが、一体どういった描写になるのか楽しみではある。
今後の描写次第でまた印象変わるかもしれないしな。