石垣島旅行で思った事を赤裸々に書く。
この文章はめちゃくちゃ重い。
楽しい旅レポが読みたい人は下記リンクの記事をどうぞ。
旅レポとこの記事は、表と裏の関係だ。
これは裏の内省部分…
いや、1人の人間の感性を無意識で踏みにじった過去に対する、ただの懺悔。
罪の告白である。
今回石垣島を訪れたのは、人生で2度目だった。
じゃあ初回は?というと、6年前。
コロナが流行る少し前の2020年1月の事だった。
なぜ行ったか?
20代の終わりが差し迫る中、最後にいい思い出が作りたかったからだ。
当時仲良くしていた友人が、石垣島出身かつ在住だったからというのもある。
その友人というのは石垣島出身でありながら、地元には馴染めない様子だった。
だからこそ本土の大学に行き、上手くいかずに帰郷してそのままなあなあに日々を過ごしている、という感じだった。
馴染めないというと語弊があるかもしれない。
家族などに囲まれて表向きは楽しく暮らしているようだったが、やりたい事も生きる目的も見失っていた。
あげく鬱になり、酒に溺れては深夜に電話をかけて「死にたい」と言ってくる、そんな友人だった。
まるで『人間失格』の大庭葉蔵…つまり太宰治みたいな奴だった。
私自身、この時期は自分の生きる目的が明確に分からなくなっていた。
だから悩みを話し、苦しみを分かち合っていた。
迷子と迷子の交差のような友情だったと、今振り返って思う。
そんな友人だったが、私が石垣島に遊びに行く際には車を出してくれたし、快くガイドを引き受けてくれた。
そして、私もそれにあやかって旅を大いに堪能した。
「楽しかったよ」「いいところじゃん」
旅行後の私は無邪気かつ素直な感想を告げた。
ただのポジティブな感想ではあるのだが、私は友人の心情を全く考慮せずに一方的にはしゃいでいたのだろうなと思う。
友人はもちろん地元を褒められた事について嬉しかっただろうし、喜んでくれて良かったとも思ったはずだ。
しかし、その胸中には複雑な思いがあっただろう。
友人にとっては、離れたかったけど戻るしかなかった地元。
その地元を訪れ、無邪気にはしゃぐ私。
良き理解者であるはずの私は、その裏にある繊細で複雑な心境を全く考慮出来ていなかった。
多少は理解しようとしていたが、的外れだった。
私が理解しようとすればするほど、価値観や距離が遠い場所にある事が分かる。
当時の友人からしたら、その私の無邪気な態度は孤独をより深めただろう。
とはいえ向こうも、当時の私の抱いていた生きる事への虚無感は全く理解出来ていなかっただろう。
それからしばらくして、その友情は終わりを告げた。
おそらく私の無邪気さも要因の一つだったように思える。いや、無神経と言うべきか。
まあそれはお互い様ではあったが。
私と友人の感性の鋭さは似通っていたがお互いの状況は全く異なっていて、理解し合っていたように見えてどちらも全く理解していなかった。
どちらが悪いという話ではなく、ただの事故のような友情の終わり方だった。
今は何をしているかどころか、生きてるのか死んでるのかすら知らない。
連絡手段も皆無だ。消したから。
仮に何か手段があったとして、今更連絡しようとも思わない。
友人と私は人生の迷子の時期にたまたま出会い、一瞬だけ交差した。そして離れた。それだけだ。
出会った時期が悪かったのかもしれない。
もしもお互いが別の状態で出会っていたら、今もくだらない事を言いながら笑い合っていたかもしれない。
が、ifを語ったところで何も変わらない。
生きてどこかで幸せに暮らしている事を願ってはいるが、仮に死んでいてもそれが友の導き出した答えなのだろうと納得するのかもしれない。
6年前の旅行では、竹富島も訪れた。
「いいところだな〜」
伝統的な家屋が立ち並ぶ様子に感動する私。
が、友人はこう言った。
「でもこんなにたくさんの人に家をジロジロ見られて、嫌じゃないのかな」
この言葉が、種を蒔かれた瞬間だったかもしれない。
当時の私は「でも観光地としてやってるんだから仕方ない部分はあるんじゃない?」と思っていた。
6年経った今、改めて竹富島を訪れる。
相変わらず海は綺麗だし、伝統的な家屋が立ち並ぶ様は美しかった。
美しかったが、6年前に蒔かれた疑念の種が芽吹く。
「ゴミは持ち帰ってください」などといった、当たり前のルールが詳細に書かれた案内の掲示板。
そして島の至る所に立ち並ぶ「立ち入らないでください」「ビーチ以外を水着で歩かないでください」の看板。
島内に唯一ある小中学校の前にすら、立ち入り禁止の看板はあった。
そして住居の窓はどこもカーテンが固く閉ざされていた。
開放感などは全くない。
そこにあったのは閉塞感だ。
いや、自然は開放的だった。
だからこそ開放的な自然と閉ざされたカーテンのコントラストが、より一層際立っていた。
住人たちの痛切な息遣いが聞こえてくるようで、苦しくなった。
「いいところだな〜」なんて能天気な感想を言う気分にはなれなかった。
1月というと、海水浴のオフシーズンだ。
この時期にやってくる観光客は、まだ比較的落ち着いている方だろう。
しかしオンシーズンになった途端、海水浴客がひっきりなしに訪れるはずだ。
全ての海水浴客がそうだというわけではないが、中には集団で大声で騒ぐマナーの無い人たちもたくさんいるはずだ。
町の繁華街で騒いでるようなタイプ。
そんな人たちが、自分の家のすぐ近くを練り歩く。
調べてみると、勝手に個人宅の庭に入り込む輩もいるらしい。
竹富島の住居は文化財として保護されている。
また、島という環境も相まって、当然セコムのような警備システムなどはない。
侵入しようと思えばいくらでも出来てしまうだろう。
外から自分の家を守るものは、背の低い石垣とカーテンのみ。
景観を守るために「住居部分を隠す何かを置くことは許されない」みたいな事が定められているのかもしれない。
これは想像に過ぎないが。
さらに後から調べた、竹富島の住人のリアルな声。
「竹富島の声を聞いてください」オーバーツーリズムと島の現実【特集|島と人が幸せな観光とは?】
思っていたより深刻なのではないか。
ただ先祖代々の地を受け継いで暮らしていただけなのに、突然その家が文化財に指定され、観光客がこれでもかと押し寄せて、マナーの悪い人もたくさん訪れるようになって…。
島ではおそらくSNSや動画の数字を求めて家の中を撮影しようとしたり、住人を堂々と撮影する人間もいるのだろう。
まるで透明な家に暮らしているようなものではないだろうか。
自分たちの暮らしが見世物にされているような。
常に何かに警戒しながら生活しなければいけないような。
観光客が押し寄せる事による、ごみ処理問題や水の問題もある。
だがその問題に向き合うのは来訪者増加を煽る観光会社ではなく、現場の住民たちだ。
これはあまりにも残酷ではないだろうか?
別に私は観光会社を悪者にしたいわけではない。
彼らだって生活のために仕事をしているだけだ。
みんな悪くない。ただ、構造が少しおかしいのかもしれない。
オーバーツーリズム。観光公害。
京都などでも深刻な事態になってるようだが、竹富島の深刻さもなかなかなのではないだろうか。
何が深刻って…逃げ場が無い。
観光地における住人は、フリー素材でも夢の国のキャストでもない。
ただそこに暮らしているだけだ。
「静かに暮らしたい」というごく当たり前の願いすら叶わず「観光で潤ってるんだから仕方ないでしょ?あなたが我慢すれば問題なんてないんです」と真剣に聞き入れてもらえない。
竹富島に限らず、全国各地で似たような事例が起きているのかもしれない。
友人は頭が良いうえに、ひときわ感性の鋭い人間だった。
そしておそらく、石垣島という観光地に住まう地元住民として、小さい頃から多くの観光客を目にしてきた。
だからこそ現地民の目線で「ジロジロ見られて嫌だろう」と口にしたのだろう。
私はそれを真剣に取り合わなかった。
友人の感性を、無自覚かつ無神経に踏みにじっていたんだと思う。
6年前、レンタサイクルに乗りながら「リゾートホテル建設反対」という張り紙か看板を見た記憶が思い出される。
だが私はそれに対しても「あぁ、なんか大変そうだな」くらいにしか思わなかった。
現状を知ろうともしなかった。
笑顔で自転車に乗ったまま、ろくに考えず通り過ぎた。
無関心という罪。
時は2026年現在。
竹富島から石垣島に戻り、様々な人間を観察する。
店員さんやサービス業の人たちを見ると、観光客を心から熱烈歓迎している人は、実は別地域からの移住者が多いなとふと思った。
彼らは自分で石垣島という地で生きていくことを選んだ。
外から来たからこそこの島ならではの魅力を理解しているし、バイタリティに満ち溢れている。
「ここはいいところだよ〜」と満面の笑顔で胸を張って言える。
もちろん根っからの現地の人も歓迎はしてくれている人が大半だ。
が、同時にこちらへの羨望、諦め、冷めた空気感も少し混ざっているように思える。
移住者と違い、どこか温度差を感じるのだ。
「こんな何も無いところに、なんでみんなこぞってやってくるのだろう?」
もしかしたら内心そう思ってる人もいるかもしれない。
セールスポイントである青い海は、彼らの当たり前だ。
なんなら外界と地元を隔てる、檻のように見えてる人だっているのかもしれない。
東京に住む人間にとって高層ビルが当たり前で、空を遮る忌々しい障害物に見えるのと似たようなものだ。
もちろん温度差に関しては現地民の接客がどうこうとかの話ではない。接客は至って普通だ。
ただ、どこか冷めた感情を私が勝手に感じ取ってしまった。それだけだ。
きっと彼らも仕事は仕事として割り切っている人がほとんどなのだろう。数多の接客業と同じ。
態度の悪い客に内心キレながらも表向き快く応対し、時には良いお客さんとのあたたかいやり取りもする。
仕事が終わった後で、家族や友人と楽しい時間を過ごす。
たまには羽根を伸ばしてどこかへ旅行する。
当たり前の現実を生きている。
生々しいまでの現実。
石垣島は決して「夢の楽園」などではなく、そこには「現実」があった。
私は6年前の旅行では「夢の楽園」部分しか目に入っていなかった。
6年かけて、ようやく私は当時の友人の心境をほんの少しだけ理解したように思う。
おそらく多くの観光客も、楽園部分しか見ていない。
ここが夢の国だと思い込んでいる。
現地の人のリアルには目を向けようともせず、用意されたアクティビティやリゾートというパッケージを堪能して、笑顔で帰る。
住民たちも生活費を稼ぐために、夢の国を演出している。
今回の旅で離島を行き来する船を待つ間に、全国各地の地名を挙げて「こことここはもう行ったから…次はここに行きたい」とにこやかに語り合う人たちを見た。
旅が終わる前から、次の事ばかり考えている。
観光地も彼らの中では、数ある消費物の一つに過ぎないのだ。
次から次へと旅を消費していく。まるでスタンプラリーのように。
土地の歴史や文脈は考慮されず、ただただパッケージされた商品に成り下がっている。
別に彼らが悪いわけではないのに、どうしてこんなにモヤモヤするのだろう?
でもこういう人たちが経済を回しているのも事実だ。
資本主義。どこにいても逃れられない。
残酷なまでの現実。
若い頃、私は「なんでみんな東京にこぞって来たがるのだろう?」と不思議で仕方無かった。
電車は混む、どこもかしこも人だらけ、似たような商業施設ばかり。
でも、それは一側面でしかない。
ある人にとっては、東京は未来の可能性を携えた希望の都市のように見えているのだろう。
何もかもあるんだから、自分の幸せもここでなら見つかるかもしれない。
そんな希望を抱いて上京する若者たち。
どんな物事も多面的であり、繊細なグラデーションを描いている。それと同じだ。
石垣島のような観光地は、ある人にとっては夢の国であり、ある人にとっては逃れられない現実。
東京の高層ビル群を見て無邪気に感動する人、仕事を思い出してため息をつく人。
地方空港で出迎えてくれる歓迎のメッセージに心躍る人、地元という現実への帰還の象徴であり、忌々しく思う人。
誰かにとっての理想郷、誰かにとっての逃れられない現実。
そういうものをひたすら噛み締めるような旅だった。
もう私は、無邪気に旅行を楽しんでいたあの頃には戻れない。
どこへ行こうとも、誰かの現実や生活がそこにはある。
そこをひたすら歩き、自分が余所者だというアウェイ感をひしひし感じ、その土地ならではの風土を学び取り、孤独とちょっぴりの快感を抱く。
私の旅はそのように再定義された。
これは散歩の延長のようなものだ。
そして、私が住まう首都圏の街は大いに恵まれているという事実を再認識する。
他人の芝は青いという言葉があるが、結局どこも見え方次第という事なのかもしれない。
かつての私は東京をごちゃごちゃして人が多くて嫌だとしか思っていなかったが、今なら当たり前のように美術館や水族館などがそこらじゅうにある、欲しい物や生活用品がすぐ買える利便性、どこでも自在に行ける交通網、誰も自分を詮索しない匿名性に守られている…
ある意味でとても恵まれた地に住んでいる事を理解している。
石垣島のような離島は、確かに不便だ。通販の送料も高いしすぐ届かない。
島ならでの息苦しいコミュニティもあるのだろう。
でも逆に言えば困った時に頼りに出来る人たちがすぐ近くにいるし、そういうコミュニティならではのあたたかさがある。
更には豊かな自然、おいしい地元の食材がある。
観光でやって来る様々な人と語らうのも楽しいだろう。
離島に限った話では無い。どこの地方も同じだ。
だからこそ一度地元を出て、戻って来て改めて地元の良さを再認識する人もいるのだろうな。
資本主義で雑に消費される土地とその住人たち。
そうした人たちに余所者である私が報いる手段。
それはやはり、地元のおいしい食べ物や素敵なお土産にたくさんお金を落とす事なのだろう。
資本主義の生み出した苦しみを、資本主義で埋め合わせる。
毒をもって毒を制すって、こういう事なのかもな。
なんだかまとまりの無い文章になってしまったが、これはやはり一種の懺悔なのだろう。
6年前に無邪気かつ残酷に踏みにじった友人の気持ち。
その贖罪として、こうして本気であらゆる事と向き合おうとしているのだろう。
6年前に終わってしまった友情への、弔文だ。
どちらが悪かったとかではない。
私は今思うと無神経ではあったが、そこに悪意があったわけではない。
だからこそ、より残酷ではあったのだが。
ただ、見えている世界や立場、価値観があまりにも違いすぎた。
様々な地方の良さ…
商品としてパッケージされたものではない、生の良さ。
そういうものをこのサイトで今後伝えていけたらと思う。
SNSのバズの熱狂に乗せるのではなく、静かにこのサイトに置く。
本当に興味がある人が見てくれれば、誰かの参考になれば、それでいい。
残酷にも友人の気持ちを笑顔で踏みにじったかつての私、地元住民のリアルを想起する今の私。
私だからこそ出来る事なのだろう。
もしかしたらこういう活動を続けていけば、何か地方活性化に携わる機会が得られるかもしれないし。
ただ消費するだけの観光じゃなくて、地元住民も観光客も幸せになれるような新しい観光の形を、地元の人と模索する事が出来るようになったらいいな。
今回の旅行は内心とても苦しかったけど、行けて良かったとも思う。








