凡シュール

知識の海に溺れたい

凡シュールのエッセイ

2020年4月25日にnoteで公開した記事のリバイバル。
現在移行作業中のため一時的に読みづらくなっていますが後日修正予定です。ご了承下さい。

今でも嫌なことがあったら知識に沈みがちなのは変わらない。

おかげさまでデジタルイラストの手法にはやたら詳しくなった。

それを実技に落とし込むところまではいけていないがね。

私は精神的に追い込まれた時、知識に貪欲になる節がある。 漠然とした不安感を掻き消すかのように、知識を頭に放り込む。それはもう貪欲に。 狭い世界でじりじりと心が殺されていく感覚。それに抗うように少しでも世界を広げようと、こじ開けようと必死になっているのかもしれない。

学がないくせに知識だけやたら豊富なのはその影響だろう。

幸か不幸か、知的好奇心は人一倍豊富だと自覚しているので、興味のある分野について死ぬほど調べる。 一時期は手芸本を読みまくった結果、巷のハンドメイド作品を一目見て「これはこういう材料を使ってこういう過程で作られているな」と分かるくらいにはなった。自分でも多少の物は作れるようになった。

最近はもっぱらデジタルイラストを研究している。デジタルイラストといっても幅広く、塗りの技法だけでも何種類もある。 表現は多種多様だ。 そんな技法の知識をこれでもかと詰め込んでいる。最近は寝る前に「あの絵はどんな過程で描かれているんだろう、どんなツールを使っているんだろう」と気になり、調べ始めたら眠れなくなるなんて事ばかりだ。

こんな毎日を続けていたらおそらく手芸と同じように結構上達するだろう。 好きこそものの上手なれとは言ったものである。

既に自分でも驚くほど画力上達の芽が出てきたが、まだまだこんなもんじゃないとも思っている。 なぜ絵を描くのか。他人に評価されたいという思いもなくはないが、それより何より描かずにはいられない衝動的な創作意欲といったところか。文章を書く時の感覚に近いのかもしれない。 自分の表現を的確にするためにも、知識が欲しい。知識を得たらあとは経験を積むだけだ。

もっと知りたい。もっと広く、もっと深く。 ちっぽけで誰にも心を開く事すら出来ない自分からの解脱。 今日も私は知識の海へダイブする。

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